むしのいどころ

( ^ω^)どうか忘れないでください 全力になったこの場所を 遊戯王 日常 そのほか書きます

( ^ω^)選択肢

( ^ω^)はいこんちわーーーーwwww

 

( ^ω^)遊戯王の話は最近特に何もないのでかけませんけどブログの記事くらいはてきとうでも更新したい

 

( ^ω^)というわけで近況報告兼ねてのおはなしでもします

 

※内容は無いです

 

 

 

 

記事タイトルにもあるように、

自分に選択肢を迫る瞬間がリアルの世界で起きてしまった。

 

転勤。

 

職業柄まあ店舗移動という形ではあるが転勤は多少なりとも

覚悟はしていたが、自分の周りにもまさかくるとは思わなかった

 

 

「ー盛岡か、京都か沖縄か、行く気ないかね」

 

( ^ω^)えっ

 

「もちろんタダとは言わないから。きみ、新店舗の勤務の候補にあがってて」

 

(;^ω^)

 

「ちょっとだけ時間与えるんで、考えてみて」

 

(;^ω^)はあ…

 

 

 

考えてみることにした。

というのももしこれらの店舗に移動したら昇給はもちろん

家賃光熱費家具引越し代ある程度の生活サポート 月間ボーナス等

まあ詳しくは書けないけど破格の待遇があったのである。

しかも交渉すればさらに条件増やせる。

 

そして実家暮らしだった自分にとって一人暮らしは

わりと魅力的に写ってしまっているのもあるだろう。

 

少し揺れた。

そして逆に、移動しない、東京にいる理由を考えてみることにした

 

昔話みたいに脳裏にいろんなモノが流れていった

 

 

高校卒業し大学の生活が始まった俺は、

なんだかんだ真面目に大学へ通い、部活にも所属していた。

もちろん遊戯王は好きだったけど、大学入学以来

一緒にやる友人はあまりおらず、なんとも無機質な毎日であった。

 

そんな中、部活で一悶着あった。

中学高校ととあるスポーツを続けて来たので、大学も

その競技を続行するべく部活に入ったのだが現実は謎。

競技経験者として何故か新1年生の指導を自分がやるハメに

 

不満はあったが、まあ縦社会。

おとなしく従いつつも、質問という形で不満は先輩に

ある程度話はしていたのだが聞く耳持たず。やれやれであった

 

そんな毎日だったが、練習の終わったあとは

自由に自主練習していいのだが そのとき先輩に試合をしようと

自分の方から提案した。久しぶりに緊張感のある楽しさが

欲しかったのかもしれない。理由は深く覚えてないけども

 

結果はまぁ経験年数がモノを言った。

自分はスポーツにおいてはだいぶ声がでかいし特有の煽りみたいのも

地味にあるほうではあったと自覚してるが、この試合も例外では

なかったのかもしれない。時に感情的になって

オーバーキルみたいなこともしてしまっていた。

 

試合が終わって、ありがとうございましたと

気持ちよく挨拶をするとどうやら先輩、いやそのうしろの上級生も

キマリがわるそうにしていた。この時点で察するべきだった。

 

次の練習の日、一番最初に部室についた俺は

自分のロッカーの用具入れを手にとった。 ない。

なくなっていた。焦った。用具の額とかそういうの以前に

ここまでいろんな思い出の詰まったモノだ。困るとかそういうレベルじゃない

 

しばらく探した結果、見つかった。

なくしたものは3つだったが、3つとも異なる先輩の

用具入れから見つかったのである

 

( ^ω^)

 

ため息が出たのをいまでもよく覚えてる。

先輩の椅子を思い切り蹴っ飛ばして、荷物全部まとめて部室を出た。

そのあと部長に退部する旨だけ伝えるメールを送って、着信拒否した。

交わす言葉などいらない。

 

俺はあの競技がすごく好きだったけど、

こんな連中とやってこの競技を気分悪く続けるくらいなら辞める

そういう結論は割りとすぐ出てしまった

 

 

( ^ω^)まぁ

そんなこんなで、部活をやめてしまった頃にはもう

すっかり大学の生活にも慣れ始めていて、余裕ができた

 

俺は何がしたかったんだっけ?

 

( ^ω^)そうじゃん、遊戯王

 

それまでは高校の友人としか遊戯王はしてこなかったけど、

高校の友人ともそんなに頻繁に会ってられない。

どうすればいいんだろう?時間はある。ちょっと考えて

パソコンを開いて、秋葉原のカードショップの大会の日程を見た。

 

大会に出よう。なぜだかそう思った。

 

当時自分の手元にあったのはリクル昆虫オンリー。

カードも足りないけどどうにか必死にデッキを組んで、

何年かぶりの大会に出た。

 

次元剣闘獣 ○×○

代行天使 ○××

代行天使 ××

 

結果は1-2だった。

代行天使の2人はどうやら知り合いらしく、その非公認は何人か

グループできてるところもあったみたいだった。

 

俺は夢中になって彼らに質問したりして。

「来週も来ますか?」とかって聞いた。

 

そこから毎週通うようになって、

気づいたら今はもうあんまり活動はしていないけれど

「秋葉勢」の仲間入りをしたわけである。

 

彼らは環境外、それもデッキとして存在してるか怪しい

リクル昆虫しかもってない自分にたくさん意見をくれたし

対戦相手にもなってくれた。自分にとって彼らは自分の知らない世界を

知ってる大きな先輩だった( ^ω^)

 

そんな彼らの口から

「CS」という言葉を頻繁に聞くようになったのはいつからだったか

 

CSとは?そこでいろいろ教えてもらい、

CSの存在を知ったわけである。

憧れた。自分も出たいと思った。そこで勝ちたいと思った。

それからCSへ向けた調整がまた始まっていった。

 

たくさん調整して、その度ボコられた。

秋葉勢はネチネチいうタイプじゃなくてストレートにガンガンいう

むしろ煽るみたいなレベルだったから、最初のうちは心が折れた

だって大会に向けてなんてこれまでマトモに

やったことがなかったからね(;^ω^)

 

何度か衝突もしたと思う。けどやっぱり遊戯王は好きで

勝ちたかったし教えてくれるみんなの期待にも応えたかった

 

対戦動画とかもこのあたりから見始めた。

画面の向こうにいるプレイヤーのシャカパチが綺麗で、

プレイングひとつひとつどんな意味があるんだろう?と

考えながらみるだけで無限に時間が飛んだ。楽しかった。

どんどん自分に知識が詰まっていく感覚が、嬉しかった。

 

始めてのCSは2-2に終わった。

でもそのときに初めて観戦したCSの決勝トナメは刺激的で、

ますますのモチベーションになった。

 

秋葉を拠点にしてたワケだが、何度かなれていくうちに

いろんなところの非公認に行くようになった。

 

代表的なのが中野非公認だった。

このあたりからTwitterやDuel entranceで名前を見るような

プレイヤーとも何人も対戦し、知り合いになったりもできた。

 

気づけば、いろんな人が自分を知ってくれていた。

たくさん知り合いが友達が増えていった。

 

 

でもその間、

自分の友人たちはいろんなところで結果を出していった。

 

 

夢にまでみたentrance掲載の目標を、

自分と一緒に調整した友達がどんどん達成してった。

嬉しい反面、どうしてだろう、悲しくなったし悔しくなった。

 

結局それが1年くらい続いた。

自分は見送るだけ、友人はどんどん勝ち上がる。

一人取り残された。精一杯やってるつもりでも、勝てない。

 

そうこうしていくうちに秋葉勢が学校が忙しくなったり

生活環境の変化や魔導征竜環境に嫌気がさしたりして、あんまり

遊戯王をやらなくなってしまったのである。

いよいよ俺は追い詰められた('A`)

 

でも遊戯王やりたい、勝ちたい

 

( ^ω^)中野単騎凸wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

( ^ω^)国分寺単騎凸wwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

体力と金の続く限り非公認に出まくった。

お金なんて本当に無いけど、非公認に行くために努力は

惜しまなかった(つもり)

 

でも結局芽は出ない。

 

この環境で一人名前は出さないけど、自分の身近で

全国に名を轟かせた征竜のプレイヤーがいた。

 

身近だったと思っていた彼が、あれよあれよと

誰もが認める最高峰レベルにまで上り詰めていた。

出るCSはほぼ入賞、遠征先でも大暴れで大戦果をあげて国内が湧いた。

 

(;^ω^)片や俺はなにやってんだ…

 

当時自分には彼女が出来ていた。

調整ももちろんやっていたが、随分まあ、乱れた生活になってしまっていた。

詳しくは書かないけど。

 

カラオケなんちゃらって揶揄されてしまう所以になった期間でもある。

完全に暗黒時代。各方面の皆様方、本当にごめんなさい。

悪い経験も積みました。

 

結局彼女とは8月の初旬あたりでお別れした。

いろいろ理由はあったけど結果的には双方の合意って形になった。

とはいえダメージはあまりにも大きかった(今だから言うけど)

 

20超えてるいい年こいたガキが、中央線でだらしなく泣いた。

オレンジの電車は塩の味がする。嫌いになった。

 

 

魔導征竜環境の本当の敵はバテルでもブラスターでもなかった。

 

 

 

征竜魔導の環境が終わり、

しばらくの精神的なダメージもケアできた頃にまた遊戯王

深く打ち込んでいくこととなった。デッキはもちろんリクル昆虫。

チーム戦ではあるものの、いくつか惜しいところまで行ったのはあった()

 

結果はやはり出ない。

 

環境をいくつかまたぎ、その間まだまだ負け続けた。

これだけやって最高実績ベスト16。16は実績じゃないのにね。

Twitterのプロフィール欄にCSの実績書いてる人が羨ましかった。

俺にはできないことだった

 

 

そんな中、

とある身内からひとつのデッキを教えてもらうことになった。

【甲虫装機】である。このデッキはのちのち自分を散々救うことになった

 

これならドーザーを使える。昆虫で戦える。

リクル昆虫を諦めたつもりは毛頭ないが、このデッキで挑戦するのも

悪くないなと思った。これまで使ったデッキとはまた違うタイプだが

なんだかんだで手になじみ、CSに連れて行ったりした。

 

 

冬が開けそうな頃だったか、山形に行った。

現地の友人にチームを組んでもらえることになり、遠征。

遠征は実は熊本に知人がいる関係でしたことはあったけど、

あんまり経験数自体は多くないし緊張はした。でもみんないい人だった

 

結果はベスト4で終わった。最高実績、更新。

嬉しかった。たかだかベスト4が、俺には重みがあった。

entranceにドーザーが載る。神速の名前が載る。

 

( ;ω^)帰りの深夜バスで少しだけ泣いた

 

 

そこから少しずつ勢いがつき、大きく変化をもたらしたのが

JDCtrial5thだった。 デッキはもちろん甲虫装機。分布1

 

メンバーは身近な存在から遠くへ行ってしまった彼と、

自分と同じようにファンデッキあがりのもうひとりであった。

 

結果、気づけば決勝戦に臨んでいた。

決勝は結局チームは負けてしまい、優勝とはならなかった。

ただ自分のデッキで環境デッキを駆逐しまくる快感と、

勝つ、決勝トナメで遊戯王ができる楽しさやそこに至るまでの意識

いろんなものを一気にまた経験した。覚えた。

 

なにか掴んだような、そんな感じのCSだった。

 

それからというもの、

いくつもCSに出場しては勝ったり負けたり。

知り合いもたくさん増えて、目標だったプレイヤーと仲良くなったり

やはり密度の濃い時間が流れていった。

 

 

気づけば、最初は遊戯王したいとしか思ってなかった生活が

遊戯王が中心になって回っていた。かけがえのないものも沢山貰った。

 

今、就職して以前より遊戯する機会が減ったとはいえ、

遊戯に対する気持ちは変わらないし 昔よりもより一層

このゲームを楽しみたいし、勝ちたいとも思っている。

目標のプレイヤーも何人かは離れてしまったけど、今度は自分が

そこへ追いつけるように、そうなれるように頑張りたい。

おこがましい話ではあるのだけど。

 

話は戻るけど、結局のところ遊戯王が大好きなわけだ。

これを切り離した生活をするなんてこと、今の自分にはできないわけで

もし転勤しちゃったら、きっと今みたいな時間の見つけ方で

遊戯王もできなくなるのは間違いないし、何よりも

この東京でたくさんできた友達や先輩、同志と離れてしまうのは

あまりにも惜しい。まだやり残したこともあるし( ^ω^)

 

他の地域がクソだとかなんだとかって話ではなく。

単純に当たり前だけど自分の育った、世話になったここが

一番自分にとっていい環境が揃ってると思っちゃったりもする。

 

( ^ω^)ここでしかできないこと、たくさんありますからね

 

 

給料も一人暮らしもいらねえ 遊戯王すんぞ!

 

きっとこんな待遇なのにこういう決断をするあたり

クソガキすぎるし後先考えてないと思われるだろうけど、

これが現時点自分の選んだ正解の選択肢だと思う。

 

上司に東京に残る旨を今日伝え、帰宅してきました。

 

 

( ^ω^)思い返せばいろんなことがあった

 

 

これからもまだまだ頑張らなくちゃいけない。

デッキは変われど立場は変われど、遊戯に向かう姿勢は同じ。

クソゲー環境ばっちこい。俺はまだまだやれるぞ、頑張るぞ

 

まだまだ残ってるいくつもの目標を達成すべく、また頑張ります。

 

 

( ^ω^)さ、柿の種でも食って寝よう

 

 

 

おわり